小さな命、頑張れ! 先天的な心臓病を克服し、今は元気な小学生。

小さな命を救ってくれたお医者さん

子供は女の子で、現在は小学生です。

生まれた時に重い心臓病を持っているとわかりました。

生後すぐに産声をあげ、皮膚がパッと紫色になりました。

 

通常であれば、産声をあげた後には

皮膚がぽっと赤くなるのだそうです。

 

すぐにチアノーゼを起こしたことから助産師長さんが

「これはおかしい」と感じ、

先生を呼び聴診器で心臓の音を聞いてくださいました。

 

そうすると、明らかな心雑音があることがわかりました。

そこですぐに、NICUのある大きな病院に搬送してくださいました。

 

そのくらい病状が重い場合には、

たいてい妊娠中にエコー検査をしているときにわかるものなのですが、

娘の場合にはたまたま角度の問題などでわからなかったのです。

 

しかし娘は、お医者さんも父も揃っていて、

かつ受け入れ先のNICU(新生児集中治療室)も

万全の体制である平日の午前中を選んで生まれてきました。

 

NICUにすぐに運んでくださって

適切な処置を受けられたおかげで、娘は一命をとりとめました。

 

酸素をつなぎ、呼吸を補助し、

生後3週間で1回目の手術を受け、

小さな体で乗り切りました。

 

新生児の心臓はうずらの卵のように小さいのです。

そのような小さな心臓の細い細い血管に、

上手に人工血管を通すというのはどれほど大変な仕事でしょう。

想像するだけで大変なことです。

 

その手術がうまくいき、

小さな娘もだんだんミルクを飲めるようになって

すくすくと成長することができました。

 

その後、さらに数度の手術を経て

現在は元気に小学校に通っています。

 

お世話になった先生たち、看護師の皆様、

スタッフの皆様には感謝をしてもしきれません。

 

最初は「生きていてくれればそれでいい」

というスタンスで、娘を見守っていました。

 

視力が弱いかもしれない、発達がずいぶん遅れている……。と、

心臓の他にも様々な問題が起こりましたが

何よりもかわいらしい子供が

楽しく生きていられればそれでいいと考えていました。

 

しかしだんだん成長するに従って、

娘が本当に幸せに生きていくためには

それだけではいけないと思うようになりました。

 

何でもお世話をしてもらうのは確かに楽かもしれません。

しかし、そのように楽に生活していくよりも、

今までできなかったことが

できるようになっていく喜びを味わえた方が

人生が豊かになるのではないかと考えるようになりました。

 

身体の発達も言葉の発達も遅かったので、最初は大変でした。

歩き始めるのも遅かったのであれこれ工夫をしました。

 

壁際に立たせて楽しく遊び、

その後大好きなおもちゃを見せて

ジリジリと後ろに下がります。

すると喜んで1歩、2歩と歩けるようになってきました。

 

弱視でほとんど何も見えていなかった乳児期から、

たくさんの絵本を読み聞かせてみました。

 

最初は抱っこされて言葉を聞いているだけで喜んでいましたが

次第にうっすら見えるようになってくると、

赤い色の絵を目で追うようになりました。

 

この時に諦めなかったおかげで、

小学生になった今でも本を読むのが大好きです。

 

病気や障害のない元気な子とふれあうために、

調子のいい時には児童館などのような施設にも連れて行きました。

 

元気いっぱいに跳ね回るお友達を見て、

びっくりしたように目を開き、

そして嬉しそうにしていました。

 

もちろん、他のお子さんのように動いたり

お話をしたりすることはできません。

 

最後の手術が終わるまでは

酸素ボンベにつなぎながらお出かけをするので

大変な時もありました。

 

でも、「一緒にいると楽しい」

「あんな風に動いてみたいな」

「あんな風に遊んでみたいな」などと

刺激を受けることはできたのではないかと思います。

 

たくさんの方に優しく接していただいたおかげで、

小学生になった今は小さい子を見ると

「かわいいね、優しくしたいね」などと言うようになりました。

 

まだ視力が発達していなかった乳児期に

最初に目で追うようになった絵本は

林明子さんの「きゅっきゅっきゅっ」です。

 

優しいニンジン色の表紙が大好きで、

小さい時にはそればかり選んでいました。

少し見えるようになってきてからは、

ノンタンの絵本が大好きでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA