難関校に合格した娘、勝因は独特な集中力と、負けず嫌いな性格

勉強に集中するためには気分転換も大切 健康第一でのびのびと過ごした小学生時代

長女は同志社大学工学部に入学し、

その後、京都大学大学院工学研究科に入学・

卒業して今は社会人です。

幼少のころ

小さい頃の長女は、とにかく絵にかいたようにマイペースそのもので、

一寸天然なところがある子供でした。

が、一方親が驚くほど負けず嫌いなところもあり、

頑張り屋な子供でした。

 

時に親の方が子供に見習わなくてはと思うような事もあったり、

感心する時も度々ありました。

 

又一旦夢中になれば、それ以外の事は

目に入らなくなってしまう子供でもありました。

 

幼稚園の時も散歩の途中、

一寸気になる花を見つけたら花摘みをし始め、

一瞬先生が長女を見失うこともあったと聞かされました。

 

家でも水槽の魚を飽きるほどじっと見ていたのを思い出します。

今は親と離れ、社会人となってもう7年になります。

 

30歳を過ぎた今でもその性格は余り変ってないなと思います。

 

小学校時代

転勤族で入学は東北秋田でした。

 

幸いにも同じマンションには転勤族の家族が多く集まっており、

娘と同じ小学校に通う子供も沢山いたので直ぐに友達も出来、

一安心したのを覚えています。

 

学校へ登校するようになってからは、

早寝早起きの習慣、寝る前の歯磨き習慣など

しっかりこころ掛けていました。

 

夜更かしは一日のリズムが台無しになってしまうので、

低学年の頃は時折「寝たふりポーズ」作戦で寝かせていました。

 

時に自分の方が寝てしまう失敗もあったが…。

しっかり睡眠を取るとしっかり朝食をとる事になり、

元気に登校できるように、健康第一に気をつけていました。

 

しかし何しろ夢中になる子供だったので、

ランドセルを公園に置きっぱなしになったまま、

遊ぶのに夢中になってしまい、

ランドセルの事などすっかり忘れてしまって

手ぶらで家に帰ってしまったハプニングがあったり、

雪が多い秋田の冬は

学校から家までずっと雪を転がしながら帰り、

着いた時には大きな雪玉と

真っ赤な顔した子供に笑ってしまった事もありました。

 

着いた時はあせびっしょりでした。

一生懸命だったのだろう。

 

無心に雪玉を転がすすがた目に見えるようでした。

秋田に住んでいたおかげでスキー教室・スケート教室も身近にあり、

いつの間にか上達していました。

 

今でもウインタースポーツは大好きだと言っています。

丁度近くに習字教室が開かれたのを機に、

隣のマンションに住む同級生と一緒に通わせて頂きました。

 

字の上手下手だけではなく、

習字道具を大切に扱うこ事も丁寧に教えていただき

良い先生に出会って本当に良かったです。

 

物を大事にする心も長女にとっては良い勉強になったなと思っています。

今でも物を大事にする娘になっています。

 

長年使っている物が沢山残っているのには驚きました。

高校生の時買ってあげたフルートも今でも使い続けています。

 

今は会社のオーケストラに所属し大事に使っているそうです。

親としては嬉しい限りです。

 

4年の時福島に転校しました。

勉強の面では福島では既に教え終えた箇所もあったりで、

授業についていく為に家で教えた事もあり、

担任の先生の気遣いに感謝した事もありました。

 

新学期の転校とは違い、

親も前の学校と進み具合を確認する必要に気がつきました。

 

次女にも同じように気をつけていました。

分らない箇所があるとますます分らなくなり、

次第に勉強意欲も失っていくのだと思います。

 

直ぐに気付いて本当に良かったと思っています。

そして新しい土地に馴染む為にも

積極的に学校の役員や子供会の役員を引き受けるようにしました。

 

おまけに子供の様子も見る事が出来たのは一石二鳥でした。

相変わらずマイペースのままでしたが、

全校生徒の前でピアノ演奏する場も設けて下さり、

それが又本人の自信にもなり、良い人に恵まれ、

生き生きとした、

 

そしてのびのびとした小学校生活を送ることが出来ました。

 

中学校時代

四月、広島に転勤と同時に広島の公立中学校に入学しました。

あっという間に広島弁に馴染んでいたのには驚きました。

 

部活は念願の吹奏楽部。

フルートを吹くことが出来るので嬉しそうでした。

 

夏の暑い夏休みでも、

冬の寒い練習場でも厳しい練習に頑張っていました。

 

広島で知り合った友達も沢山出来て、

今でも交流している友人もいるそうです。

 

つくづく友達は財産だなと思います。

中3の秋、愛知転勤の辞令が来たときは悩みました。

 

半年後の高校受験の事も考え、

今までと同じように一緒についていくべきか、

家族で何度も考えたことがありました。

 

結局卒業までは広島に残り卒業を迎えたいという

長女の強い意見を大事にし、

半年間だけ主人は単身赴任という形をとり

母子三人だけの生活が始まりました。

 

愛知の高校の情報も調べたりしました。

何度か愛知の模試を受ける為に

子供を愛知まで連れていきました。

 

どうしても愛知県の高校の情報集めに

いろいろ教育委員会に問い合わせたりしました。

 

とにかく不安でした。

電話で愛知の学習塾の先生方にも色々相談にのってもらいました。

 

愛知県は公立高校は2校受験出来ることも知ったり、

模試結果でどの高校がいいのか相談にのってもらいました。

 

多くの人のアドバイスにより無事高校受験が

出来たこと本当に良かったです。

第一希望が叶って

何はともあれホッとしたこと今でも思い出すことがあります。

 

高校時代

高校でも吹奏楽部に所属し、

夏休みや冬休みなども忙しく一生懸命頑張っていました。

 

学業も段々難しくなっていく勉強に

「学校」「部活」「塾」の3本の柱を上手く調整しながら、

忙しく、そして充実した高校生活を過ごしていました。

 

高校2年の時、京都転勤の辞令がでました。

再び単身赴任になる事になりました。

 

その時赴任する前に家族四人の思い出を作ろうと

主人のアイデアで家族旅行の計画を立ててくれました。

 

初めてのパスポートに子供達はテンションマックス状態。

一週間の間思いっきりエンジョイすることが出来、

とてもリフレッシュ出来たと家族皆喜んでいました。

 

離れる前の貴重な思い出が出来良かったです。

当時娘の通う高校は、スーパーサイエンススクール指定校でした。

 

嬉しい事に、より高度な大学教育につながる実験・

実習を行うことが出来たと喜んでいました。

 

名古屋大学の研究室で実験・実習を3日間受ける機会もありました。

直接質問が出来たこととても嬉しそうに話してくれました。

 

大好きな分野、ますます興味が湧いてきたと

興奮気味に度々話してくれました。

 

娘にこんな素晴らしい経験をさせてもらったこと、

出会えた事とても感謝しています。

 

これがきっかけでますます大学への夢も

段々と具体的に考えるようになってきたみたいでした。

 

10年以上経った今でもとても貴重な経験だったと話してくれます。

受験勉強に根詰めることもあり、

抱え込むほど行き詰まっている時は音楽を聴いたり、

ピアノを弾いたり、庭に出て花をぼんやり眺めたり、

自分なりに工夫して気分転換をはかっていたようでした。

 

しかし夢中になっている時は私の言葉も耳に入らないみたいです。

又私の目から見ると乱雑に見えるデスクの上も

娘にとっては能率の良い配置だと言っていました。

 

会社でも自分流のデスク配置で仕事しているのだろうか。

 

大学・大学院時代

しょっちゅう実験などで遅い日が続くこともありましたが、

生活にメリハリをつけ、リフレッシュタイムを大事に、

そして上手に使っていたのは彼女の素晴らしい一面だと思っています。

 

マイペースを自分なりに守り、

夢中になってしまうのも彼女の良い面だと思い、

 

それが受験に繋がっているのだろうと思っています。

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