京都大学合格 子育て体験記

難関校に合格! 子育てで心がけていたこととは?

娘は現在京都大学法学部です。

教育で心掛けたのは

小さなころから本を一緒にたくさん読む事、

また読む楽しさを味わってもらおうと、

少しでも自分で読めるものを一緒に捜しました。

 

最初は文字を読めただけでも何度もほめて聞かせてもらうようにしました。

自分で能動的に親・他人に聞かせる喜びを知ることも大切だと思いました。

 

また読んだ本の内容はほぼ覚えていたので

それをお話として聞かせてもらいました。

 

読んでもらって喜び、話してもらって喜び、

とにかく人が喜ぶ事を自分の楽しみ・

喜びにできる人になってもらうことを心がけました。

 

また本に載ってる挿絵を描いてもらうこともしました。

子供は右脳が発達しているので

それを表現してもらうこともしました。

 

本自体はどんなジャンルでも本人が興味のあるもので十分だと思います。

そのうちに文字や漢字・数字も覚えて書くようになりました。

 

また自分で本を作る様にもなりました。

工作することで手先も起用になり、

順序立てて考えたり組み立てたり出来る基礎になったと思います。

 

また読んだ本の続きを考えて(空想して)

お話してもらいました。

 

大人では考え付かないような展開や人物が出てきたり、

突飛もない方向へ行ったりもしますが、

全て心と頭脳の発達に役立ったと思います。

 

本1冊から色々な方向へ広げていけるので

お金をかけなくても十分だと思いました。

 

1回自分で広げるやり方を覚えると他の本や、

おもちゃからでも柔軟な発想が生まれるものと思います。

 

赤ちゃん、お腹の中から気を付けていたのは、

音楽を沢山聞かせる事です。

 

特に聞きやすいクラシック・英語の童謡・

日本語の童謡・その他母親が興味のある外国語の童謡

(うちは中国語)を聞いていました。

 

母親が心地よく聞けるものは脳からリラックスホルモンがでて

子どもにもいい影響を与えると信じています。

 

生まれてからも同じようにしていたおかげか、

語学においてはスムーズに理解が進んだと思います。

 

またそれと関連してピアノを習いたいとの事で行かせていました。

音感もよく、ピアノもそこそこ上手になったのは

小さいころから音楽を聞かせて育ったおかげかと思います。

 

音楽と語学は関連があるように思いました。

二人目の男の子も同じように育てましたが、

二人とも語学・音楽には不自由しませんでした。

 

体力面では、小さなころから自然に親しみ、

毎日散歩したりかけっこして競争したり、

ロープに上らせたり結構危険なこともさせていました。

 

ロシアのニキーチン夫妻の体操教育法を読み、

できる事はまねてするようにしました。

家の中に鉄棒やブランコを置いたり、

マットを買ってマット運動をして毎日遊びました。

 

決して大きな家ではなくアパート暮らしだったので

時には下の階からおこられることもありましたが、

それも教育です。

 

ごめんなさいと一緒に謝りに行きました。

体が元気でないと勉強も仕事も遊びも何もできないと思い、

体力つくりと遊びをうまく織り交ぜ一緒に取り組みました。

 

子供にだけやれと言ってもやらないので

親もはしゃいで一緒にやることが良かったと思います。

 

次第に子供の方ができる事も増えてきて

あっと言う間に親を超えていきます。

 

そんな時には心から称賛してほめたたえました。

小学校時代は長女・長男共に空手をさせました。

 

それは私の育った時代が

学校の窓ガラスを割って回るような不良全盛の時代だったのでせめて、

自分の事は自分で守れる強さを持った子供になってほしかったからです。

 

長女は始めた時期が遅く、

身体も小さく細かったので随分悔しい思いをしたと思います。

やめたいと思ったこともあったようです。

から思うと男子がほとんどの中、

かわいそうなことをしたかと思いますが、

経験の一つとしては良かったのかと思います。

 

長男は最初こそ嫌がっていましたが、

ぐんぐん才能を表し、府大会で優勝したり

全国で3位になったりと姉にいつも勉強で負けていたのが

自分もやればできるんだという自信になってよかったと思っています。

 

そこから勉強もやる気になり

小さな自信が色々なことにつながるんだなと私も勉強になりました。

 

あと自分を守ると言う意味で

水泳は毎年プールへ短期講習と私の休みに泳ぎの練習に行きました。

 

何時までもそばで助けてやれないのだから、

自分で何とか出来る自信だけはつけていくことが大事だと思いました。

 

長女はおっとりした性格でしたが、

こつこつするタイプで、

中学2年からは進学塾へ行きたいと言い出し

自分で決めてきました。

 

勉強もマイペースでしていましたが

友人関係で悩むことも多いようでした。

 

中学生になると父親より母親の方が話やすいようで

いろいろと話していました。

 

私は馬鹿な事をいったり、

気分転換できるように食事へ連れていくことが多かったです。

 

また叱るのも主に母親で私は褒める役が多かったです。

無事に地区の公立トップ高校に入れましたが、

小学校のうちに養った体力と工夫してやる気力が役に立ったと思います。

 

高校に入ってからはバンドをしたり

自由に過ごしていましたが、

普段の成績はトップクラスを維持できていました。

 

おそらく、まじめな性格と負けん気が強いところで、

普段からこつこつ努力を続けていたのだと思います。

 

大学入試は一度は失敗しました。

長女の実力以上の大学を狙ったからだと思います。

まじめな分、すごく苦しんでいたようです。

備校に通っている間もラインは一切せず

勉強に一心不乱に打ち込んでいました。

 

親としてできる事はリラックスできるよう声掛けしてやることと、

楽しい笑顔をみせてやること。

 

大丈夫だよと自信を持たせてやることだけでした。

ありがたいことに1年の浪人で希望大学に受かることができました。

 

浪人時代に高校の恩師や予備校の先生が

こまめに声をかけてくれたのが本人の心の支えになったように思います。

 

親はいて当然だとその時は思っていたでしょう。

とにかく合格したことでピリピリした雰囲気はなくなりました。

 

一方、長男は姉には勉強ではかなわないと思っていたようで、

中学1年から進学塾に行きたいといいだし、

ぼちぼち行ってました。

 

勉強する雰囲気に慣れていくのが大事なようで、

まず環境から入って自分を追い込むタイプのようでした。

 

長女の様に自分から勉強するタイプではなかったので、

ほめたり少しハッパをかけたりの繰り返しで

何とか高校受験は希望の所へ行けました。

 

中学ではバスケットボールをしていましたが、

友達関係がうまくいかず途中でやめたので

親としては、ストレスがうまく発散できるように、

海や山など自然がおおくて知人と会わない所へ

一緒に出かけるように声掛けしました。

 

もともとスキーなどが好きで体を動かすのが好きだったので、

多少は良かったかなと思っています。

私の長男への失敗としては心配のあまり、

こっそり参観日に見に行ったり、

バスケの試合を観に行ったりしたのがばれて

うっとうしく思われてしまったことです。

 

親ばかで息子の活躍や、授業をみたいと思ったのが

逆にけんかのもとになりぎくしゃくしてしまいました。

今となっては自分もそんなことされたらいやだろうなと思います。

 

ただ最近の中学生くらいの子供たちは

むしろ親にみてほしかったり、

一緒に出かけたりする子供が多いと聞きびっくりしています。

 

そんな長男ですが高校ではそこそこの成績をキープして

推薦で同志社大学法学部に進学しました。

 

高校では姉と同じくバンド活動をしたり、

友人に恵まれいつも友達に囲まれた写真をラインのトップに挙げています。

少しおっとりしていた息子が自分から空手で自信を付け、

友人も多くできた今を過ごせたのは本当によかったと思っています。

 

教育とは共に育つと書いて共育と言うんだよと聞きましたが、

本当に一緒に育ってきたかな、

いい経験が出来たなと思います。

 

むしろ親の私の方が育てられたような気がします。

まだまだ社会という見知らぬ世界を子供たちは生きてくわけですが、

少しだけ先に経験した私達親、

大人が教えてあげる事が出来れば幸せだと思います

子どもたち、生まれてきてくれて、

立派に育ってくれて本当に有難う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA