スポーツと勉強の両立がてきていた息子さん

勉強するにも仕事するにも体力が必要、まずはスポーツからスタート

息子が入学した大学は、愛知県にある南山大学です。

その大学の人文学部心理学科に4年間在籍して、

現在は、東京で仕事をしています。

 

彼には小さいころから夢があり、

まずは、野球を自分のペースでやること。

 

中学校は地元の学校ではなくて南山中学校男子部に入ること。

高校はそのままエスカレーターで上がって、

大学は実は早稲田大学か静岡大学に行きたいと言っていました。

 

南山男子部は、ものすごく難しいわけではないですが、

そこそこ難しい中学校です。

 

愛知県で、男子ならトップが東海中学校

(テレビでおなじみの林先生が通われていました)、

次が滝中学校、その次くらいに、

南山中学校男子部と名古屋中学と愛知中学が位置しています。

 

息子は最初から南山狙いでした。

東海と南山は昔から試験日が一緒なので、

どちらかしか受けられません。

 

もちろん学力の差もありますが、

校風が違うので、ものすごくできるお子さんでも

あえて南山を選ぶケースもあります。

 

我が家は、方針として勉強ばかりではなく

いろいろなことにチャレンジしてほしいと考えていました。

 

野球をずっと続けていたので、小学校もクラブチームに在籍して、

休みの日は朝6時くらいから夜6時か7時くらいまで、

野球の練習と試合だったため、私立中学受験といっても、

勉強のための時間はわずかしかなかったこと。

 

さらには私(母親)が同じ学校の女子部の卒業で、

同窓会などに息子を連れていくと、

先生方が、「男子部に入れよ」と声をかけてくださったこともあり、

小さなころから『行くなら南山』とインプットされていたこと(笑)。

 

かなり個性的な子なので、公立の中学校へ行くと、

個性がつぶされそうな気がしたこと。

などなどにより、南山中学校男子部の受験となったのでした。

 

南山中学校男子部は、自由をモットーとしていて、

子どもたちに自主的にいろいろと考えさせる学校でした。

 

制服もありません。自分の予定やTPOを考えて、

服装も自分で決めるのです。勉強の好きな子は勉強に没頭し、

スポーツの好きな子はスポーツに…

コミュニケーションだけで生きてる子はコミュニケーションに磨きをかける感じで、

それによって、他人を蹴落とすとかはなく、

それぞれの存在を認めるような学校でした。

 

そのまま高校に上がり、もちろん高校野球も続けて、

高3の夏の退会の予選では、ベスト32に残りました。

部員数16名の小さな部が成し遂げたので、

当時は、新聞にたくさん記事が載りました。

 

その大会を終えて、やっと大学の受験勉強でした。

すでに7月後半です。

 

私は、浪人してもいいと思っていました。

高校時代、朝練から始まり、夜は遅くまで練習し、

土日もほとんどなかったので、

実際に勉強する時間はあまりありませんでした。

 

もちろん、そんな状況でもきっちり第一志望に合格するお子さんもいらっしゃいますが、

私は、浪人覚悟で好きな大学に行けばよいと思っていたのです。

 

息子は、大学受験に際し、内部進学の内申点は足りていたので、

最初から南山大学に上がるのなら、

10月の時点で特別推薦枠で決まっていたわけですが、

なぜか子供のころから早稲田にあこがれていて、

早稲田を受けたいというので、推薦は蹴ってしまいました。

 

早稲田の指定校推薦もありましたが、

希望の学部ではなかったことと、

早稲田だと息子より成績の良い子が指定校推薦を希望するので、

その権利はもらえませんでした。

 

実は立教や法政の推薦はもらえたのですが、

やはり希望の学部でないとその権利ももらいませんでした。

 

彼は、心理学か歴史を大学で勉強したかったようで、

心理なら早稲田、歴史なら静岡大と決めていたようです。

 

心理学は、リーダーシップに関して研究したかったようで、

自分で将来起業するためにも、

心理学は勉強しておきたいとのことでした。

 

歴史は、昔から社会と国語が得意で、

ほとんど勉強しなくても模試の偏差値は

65から72くらいを行ったり来たりしていて、

特に歴史だとすこぶる良い成績をとってきていました。

 

そんな歴史を大学で勉強したいなと思っていたようです。

しかし、最終的には心理学に的を絞ったようです。

 

さきほど、社会と国語は得意と書きましたが、

英語がすごく苦手で(というよりほとんど勉強していなかった)、

受験スタートの時、英語の偏差値は40くらいからのスタートでした。

 

ほとんどの有名な私立大学の英語の偏差値は高くて

60を超えないといけません。

早稲田ならなおさらです。

 

7月末は野球で燃え尽き症候群のような状態で、

実際に勉強し始めてのは、8月からでした。

 

受験まで約6カ月しかなくて、

英検3級程度の英語の力しかなかったので、

今年は厳しいだろうな…というのが私の本音でした。

 

8月から大手予備校と私が経営する個人塾の掛け持ちで、

毎日何も言わなくても勉強するようになりました。

 

私が、大学で非常勤をしている関係で、英語の先生の知り合いも多く、

英作文に関しては週1で家庭教師を依頼しました。

 

とにかく英語力アップに全力を注がせました。

私は、そのサポートに徹したので、必要な情報と本と先生を用意して、

かれは目標に向かって勉強するだけでした。

 

その結果、めきめきと英語の力はつき、

受験の頃の模試の結果は、

英語も60程度は取るようになっていました。

 

英語を勉強し始めてから、彼が面白いことを言いました。

「今日の英語のテスト、初めて勘じゃなくて自力で解いた…」と(笑)。

 

「今まではずっと勘だったの?」と私の問いに、

ただただにこにこするだけでした。

 

結局、英語の力が伸びたのは、やはり目標が決まったからでしょう。

中3の勉強からやり直し、

『本の虫』と言われるくらい、本が大好きで、

カバンの中には常に1~2冊のハードカバーの本が入っていたのに、

受験期にはそれを単語帳(ターゲット→東大英単語熟語鉄壁)に切り替え、

本を封印して、真摯に受験に取り組んだからだと思います。

 

1日にやるべきことを決めて必ずそれをこなしていく、

忍耐強さと体力は、やはり11年半続けた野球によって身に付いたものだと思います。

 

勉強をするには体力がいるので、スポーツはやっておくべきだと思います。

最終的に、早稲田大学の教育学部心理学科を第一志望にして、

滑り止めとして南山大学の人文学部心理学科を受験しました。

 

南山は受けないと言っていましたが、私はせっかく勉強したので、

合格したという感覚も感じてほしいと、南山も受験したらと勧めたのでした。

 

息子は、早稲田を受ける前に、心理なんだけど、

早稲田は教育学の一環なんだよね…と漏らしたことがあり、

自分が勉強したいのは、南山の方だと感じ始めていたようです。

 

そんな状態で受験したので、結果は、早稲田が不合格、

南山が合格という結果でした。

 

早稲田大学という大学には憧れがあったみたいですが、

内容は南山の方が近いかなと思い始めていたので、

結果がすべて、受かったところが自分の運命というようになり、

南山への進学を決めました。

 

私は、彼の決めたことは尊重してきました。

基本的に、彼のやることは危険がない限り許すようにしていたし、

子どもいうより一個の人間として接してきたので、

彼が考えて決めたことには全面賛成です。

 

そのため、たぶん彼はのびのびと自分のやりたいこと、

やれることを探し、今大学で学んだ心理学を生かしながら、

企業のマーケティング部門で力を発揮しています。

 

たぶん、子どもは思っているより大人だし、

一人格を大切にして、接することにより、

本人もしっかり考えて行動すると思います。

 

過保護になりすぎず過干渉になりすぎず、

子どものことを信じていることが伝わると、

一人でしっかり先を考えるようになると思います。

 

第一志望には落ちましたが、

合格した南山大学に前向きな気持ちで入学して、その後無事に卒業、

現在は東京で仕事をしています。

大学受験に真摯に向かった姿はとても美しかったので、

書かせていただきました。

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