勉強をしなさいは言わないようにしています

勉強の大切さに本人が気づくかどうか?

我が家の一人息子、今年中学校3年生になります。

公立の中学校に通っているので来年は高校受験になります。

 

私たち夫婦にとっては

息子はそれはそれはかわいい存在なのですが、

客観的に彼の性格を見てみると

それはどちらかというとおとなしめ

、言い換えると大勢の中にいる時には

自分から率先して何かをしたり、

主張するようなタイプではありません。

 

今まで育てている中で、特にこれと言って

わがままを言われたこともないですし、

自己主張という事を知らないのでは?

と思ってしまう事もありました。

 

けれども違う見方をすると

息子はとても優しい性格をしているのです。

 

自己主張などはほとんどしませんが、

周りに対する心配り、

配慮の仕方は素晴らしいものを持っていると思います。

 

親である私や家内に対しては

中学3年生になった今でもいつも気を使ってくれます。

 

私、家内が仕事で疲れていると

必ずと言って良いほど家事を手伝ってくれます。

彼から誰かの悪口などを聞いた事は一度もありません。

 

息子の友達との付き合い方を見ていると、

やはりいつも心優しく接している事が分かります。

 

一度道を歩いている時に、

路肩に落ちていたゴミを息子がサッと拾った事がありました。

 

私がどうしたの?と聞くと、道路にゴミが落ちてるとみんな、

気持ちよくなれないでしょ?と私に言うのです。

 

最近、この心の優しさが息子の一番の個性なのかな?

と思うようになりました。

 

そんな我が家の一人息子、

彼はどちらかというと何か自分の好きなものを見つけると

それに集中して夢中になる傾向があります。

とにかくその夢中になる度合いが凄いのです。

 

彼の今の専らの興味は鉄道会社。

単なる電車オタクではなくて、

鉄道会社の生い立ちや経営状況、

そしてこれからの発展展望など、

息子独自の目線でいろいろと調べているようです。

 

その鋭い分析能力は親バカながら

感服してしまう事があります。

この熱の入れようというものは

きっと息子の個性の1つと言えるんだろうなと思っています。

 

私と家内が息子の子育てで心がけていた事は、

とにかく親の考えを押し付けないという事です。

 

幼い頃より、あれをしてはいけない、

こうしてはいけないという言い方はしつけにおいては

特にしないようにしていました。

 

何か息子がいけない事をしたら、

頭ごなしにそれを叱るのではなく、

どうしてしてはいけないのか具体的に教え、

そして自分の頭で考えるように仕向けたのです。

 

子供が何かしてはいけない事をした時、

その行為が誰にどのように迷惑をかけるのかを教え、

そしてそれが逆に自分に仕向けられたらどんなに困るだろうかと

自分で想像する癖をつけさせました。

 

恐らく息子が幼い頃から頭ごなしにあれをしてはいけない、

これをしてはいけないと言うだけのしつけをしていたとしたら、

私や家内がいない場所では

息子は同じ事をしてしまっていたかもしれません。

 

それでは全く意味がないですよね。

ですから私は子供のしつけは

その目的を具体的に示すようにしたのです。

勉強に関しても同じです。

 

私も家内も息子に勉強をしなさい

と言った事はほとんどありません。

それよりも大事な事は

勉強がなぜ息子の人生において大事な事なのか、

それを教えるように心がけました。

 

ですから極端な話、勉強が人生でどのように役に立つのか、

私が息子に教えた時、

それに彼が価値を見出せないのだとしたら

勉強はしなくても良いのかもしれません。

 

親としては私が教えた事で、

息子が自分の価値観で勉強の大切さに

気が付いて欲しかったのです。

 

もちろんそうは言っても

息子は子供ですから私が教えた事を全て、

そしてすぐに理解する事は出来ません。

 

ともすると親というものは

そんな子供の理解の速度にしびれを切らして

イライラとしてしまうものかもしれません。

 

けれど私はそこは自らを律する事に徹しました。

自分が考えている以上に

子供の理解とは遅いものだと

自分に言い聞かせるようにしたのです。

 

そして一度教えた事でも、

時間が経てば子供は忘れてしまうもの、

そのようにも思うようにしました。

 

結果、そうする事で私と子供は同じ座標で

彼の将来について話を出来るようになったと思います。

 

もう1つ、私と家内が彼に対してしてきた事で、

子供にとってプラスになったと感じる事があります。

 

それは世の中の仕組みをより具体的に教えてきた事です。

その教育を通して、息子はおぼろげながら

自分の将来をよりはっきりとしたビジョンを

持てるようになったと思います。

 

子供を国会議事堂に連れて行き、

ここで日本の法律が決められ、

そして政治が行われている事を教えました。

 

霞が関にも息子を連れて行きました。

そこに連れて行った目的は日本の中央官庁があり、

日本の骨格を作っているのだと教えるためです。

 

そしてもし、息子が中央官庁で

日本の舵取りをするような仕事に就きたいと考えるのであれば、

国家試験の中でも最高に難しい試験に

合格する必要があるのだとも教えましたね。

 

自分が住んでいる日本の将来を担える仕事に就くには

どのようにしたら良いのか、

これを教えた時の子供の

キラキラとした目を私は今でも覚えています。

 

子供の将来を決めるのはやはり本人だと思います。

親ができる事、するべき事は世の中にどのような仕組み、

文化、そして生き方があって、

それを具現化するためには

どのようにしたら良いのかという事を

出来るだけたくさん示してあげる事だと私は考えています。

 

私には子供よりも長く人生を送っている分、

それが出来る知見があります。

 

子育てというものは、自分の価値観を押し付けるのではなく、

子供が人生をかけて本当にしたいと思える事に

どのようにして出会うのか、

その手助けに過ぎないのだと私は考えているのです。

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