進路 無理せず適性に合った道を探そう

明らかに適性がないと感じたら・・・逃げるが勝ち

私の長男は、2年前に新卒で民間企業に就職しました。

しかし、社会に淘汰される形で企業の体質も整っていなく、

また、先輩職員や上司からのイジメが激しかったこと、

小さなミスでも新人ですら許されないレベルであることから、

次第に追い込まれて行く形になり、

ついに辞職すると直属の上司に切り出す形になりました。

 

息子は辞職する前に、ストレスにより突発性難聴や、

布団の中から出れなくなる症状が相次ぎ、

親としても非常に心配でありました。

 

社会人として絶対にやってしまってはならない、

無断欠勤もしてしまう形になり、

息子の携帯に電話が鳴り響く形になりました。

 

おそるおそる息子が電話に出ると、

「休むんなら、休むって言ってくれんとみんな困るやろ?」

と言う形で許してくださるような形でした。

 

息子はそこから一週間のリフレッシュ休暇を

特別に頂く形になったのですが、

そこから会社に行っても、全員から無視される形となり、

実質のクビを宣告されたような状態でした。

 

そこから息子は所属課長に退職を申し入れましたが、

まだ若いので遺留するように止められたのですが、

それでも、居場所がないと判断して退職しました。

 

息子は退職してから数カ月はプラプラしていたのですが、

息子自信が自分自身で決めないと行けないと判断しまして、

息子に任せておりましたら、息子はある日、

大型書店に出向く形になりました。

 

理由としましては、自分探しであったのですが、

その時に奇跡的にも自衛隊の過去問と出会うことができ、

その戦闘訓練の表紙に惚れ込むような形で、

自衛隊の一般曹候補生に立候補する形となりました。

 

そこから、半年掛けまして、一問もその過去問をミスすることなく

マスターすることができました際には、

受験の際に確かに手応えがあった!と話してくれました。

 

40問中、35問程度は正解していると自己分析しておりましたので、

間違えないと息子を信じておりました。

 

そうしますと、成績の良い順から合格が発表される形となり、

息子が通知を受けましたのは、

採用試験を受験してから2ヶ月後でありました。

 

通知を受けた瞬間は、「もう民間に行かなければならないかもしれない」

と泣きそうな表情だったのですが、無事に決まる形で、

内定が地方協力連絡支部から通知された際には、

飛び上がるような形で、

ガッツポーズを大きく決めているような形でした。

 

一般曹候補生では、選考で正社員の階級に

辿り着けると言う形の制度になっておりますので、

今後の息子のサクセスストーリーにも期待しております。

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