東京大学に現役合格した息子さんは部活と勉強の両立ができていました。

東京大学に合格した息子さん、勝因は体力と精神力

東京大学 文科三類 に現役で合格しました

現在、教育学部在籍中の男子です。

 

3月10日、東大合格発表日。

発表時間の12時になり、

私の隣で主人がパソコンからインターネット発表サイトを開こうと試みるものの、

アクセスが集中しているようでなかなか繋がりません。

 

15分ほど経った頃、私のスマホに

友人と遊びに出かけている息子からLINEのメッセージが届きました。

 

出先で発表を見たのだろうとドキドキしながら

メッセージを確認すると「受かったよ」とありました。

 

素っ気ない文面で拍子抜けしましたが、

同じ大学を受験した友人たちと一緒にいる息子なりの

気づかいだったのかもしれません。

 

息子に「おめでとう!」と返信したものの信じられない気持ちが強く、

合格の実感が湧きませんでした。

 

直後にパソコンが発表サイトに繋がり、

受験番号を画面で確認して初めて「本当に合格してる。よかったね。」

と主人と2人で喜びました。

 

幼少期から体を動かすことが好きだった息子は

一日中泥だらけになって遊んでいる子供でした。

 

お天気が悪く外に出られない日は

家の中で体力を持て余してしまうほどです。

 

主人も私も「子供は好きな事をして遊ぶべし!」

という考えでしたので習い事などはさせずに、

平日はなるべく外遊び、

休日は家族でキャンプに行ったりして過ごしていました。

 

特に勉強させようとは思っていませんでしたが

普段から子供が興味を持った事には

親も一緒に遊びながら学ぶ機会を持つように心掛けていました。

 

まだ読み書きを習う前に息子がカタカナを教えてと言った事がありました。

きっかけは当時夢中になっていたポケモンの名前でした。

 

お絵かき帳にポケモンのキャラクターの絵と

名前をいくつも書いているうちにカタカナを全て覚えていました。

 

カタカナが読めるようになると百科事典に出てくる

カラフルな世界の国旗に興味が湧いたようです。

 

いつの間にか国旗と国名をセットで暗記してしまい、

国名でしりとりをすると私の知らない国が次々出てくるので

びっくりしたものです。

 

世界地図で国の場所もわかるようになっていましたが、

後々それが役に立ったのか地理や世界史が得意科目になりました。

 

勉強として覚えたものでなくても好きな事で得た知識は

忘れないものなのだと妙に納得した事を覚えています。

 

それほど深く考えて子育てをしていたわけではないのですが

後悔も少しだけあります。

 

小さいころにもう少し、

絵や音楽などの芸術系の事に触れさせてあげればよかったなと思うのです。

 

あまり興味を持たなかったのでスルーしてしまったのですが

大きくなってからも苦手なままでした。

 

毎年の夏休みの宿題で1番苦労したのが絵日記でした。

幼少期の頃は同じ学年の中では

学習スピードが早いようにも感じられましたが、

5月生まれという事で月齢が影響しているんだろうと思うくらいで

あまり気にしてはいませんでした。

 

しかし地元の公立小学校に入学して4年生になった時、

担任の先生との面談で「授業中に手を挙げても

指す事が出来ないので手を挙げないように息子さんに言いました。

頑張っているのはわかっているので大丈夫です。」

と言われてしまいました。

 

最初から正解を出されると授業が成り立たなくなるというのが理由のようです。

わざと間違える訳にもいかないので

先生のおっしゃる通りに手を挙げないようにするしかありません。

 

もともと積極的な性格で1番に手を挙げていた息子が

退屈そうに座っているだけの様子を見て、

親としては複雑な思いでした。

 

「このまま勉強がつまらないものだと思って欲しくない。

楽しさを知ってもらいたい。」と思ったので

中学受験をして私立の中高一貫校へ進学する道を選びました。

 

毎年2、3人ほどしか中学受験をしない地域でしたので

主人と息子ともよく話し合いをして納得して出した結論でした。

 

受験を経て、中学入学後は速い進度の授業に文句を言いながらも、

学校行事や部活動に全力で取り組む毎日になりました。

 

のびのびとした校風のもとで学校生活を楽しむ反面、

入学直後は上位だった成績は下降気味。

 

悪くはないが良くもないといったところでしょうか。

部活でエネルギーを使い果たし、

宿題は授業の休み時間になんとか仕上げるような状態では当然の結果です。

 

息子はというと、成績が下がってきて

これ以上はマズイと思うと少し頑張って戻す。

 

成績の推移はギザギザの折れ線グラフのようでした。

担任の先生からは「サボった時期が一目でわかるね。」

とコメントを頂いた事もありました。

 

大学付属校ではありませんので

大学受験を念頭にコツコツと努力しているクラスメイトも大勢います。

 

人と比べても意味が無い事は承知の上ですが、

好きな事ばかりしている息子が歯がゆくもあり、

私はついガミガミ言ってしまうダメ母でした。

 

それでも1つだけ決めていたルールがあります。

両親が同時に叱らないと言うことです。

 

子供の逃げ場は残してあげた方がいいと思ったのです。

それは主人も理解して協力してくれていましたので、

家族の中で子育ての役割のバランスはとれていたように思います。

 

中学卒業までに言うべき事は言ってきたので、

その後は自然と注意も減りました。

 

中学では怠けていた勉強も、

高校に入ってからは少しずつ

大学受験を視野に入れた取り組み方になっていったような気がします。

 

結局は本人の自覚が出てくるまでは

じっと我慢して待つべきだったと反省もしました。

 

東大の受験を決めたのは高校2年の春でした。

毎年数十人が東大に進学する学校でしたし、

部活の先輩にも引退まで続けて東大に進学した方がおられましたので

自分もチャレンジしたいと本人が希望したのです。

 

親としては子供の意志を尊重して応援する事に致しましたが、

当時の息子の成績ではとても手の届く目標ではありませんでした。

 

息子の通う学校は高校2年の秋の文化祭が終わると

本格的に受験体制にシフトしていきます。

 

先生方は子供たちの顔つきが変わってくる時期ですとおっしゃいます。

しかし運動部所属の息子は高3の夏前の引退まで練習が続くため、

なかなかまとまった勉強時間の確保が難しい状況でした。

 

もともと東大志望のクラスメイトに比べて成績が良いとは言えず、

むしろ遅れている状態です。「本当に受験までに間に合うのか?」

と胃が痛くなる思いでしたが、周りがいろいろ心配する中、

本人だけは何故かポジティブで「受験当日までに間に合わせる。

ギリギリでも滑り込みでも合格する。」と宣言。

 

親としては息子を信じて腹をくくるしかありませんでした。

部活引退までは隙間時間を活用し勉強時間を増やしていきましたが、

なかなか成績は上がりません。

夏休みの模試も撃沈。

 

親子で「無かったことにしよう!」と笑うしかなかったほどです。

実際、高3最後の東大模試でも判定はC。

 

最後まで合格と不合格のボーダーライン上の成績でしたが、

本人だけは目標に向けて絶対にぶれる事はありませんでした。

 

予備校には通わず学校の先生に答案の添削をお願いして、

合格に必要な知識の穴を1つ1つ埋めていく地道な勉強方法を続けました。

 

サポートして下さった先生方には感謝しかありません。

本格的に受験勉強を始める時に「モチベーションの下がる事は言わない。

勉強には口を出さない。」という約束をしていましたので

私からは一切口出しはしませんでした。

 

内心は心配でたまりませんでしたが、

昔からよく食べてよく寝る子供でしたので

親に出来る事は温かい食事とフカフカのお布団と割り切ってサポートに徹しました。

 

受験期に入っても生活リズムを崩さなかった事は良かったと思っています。

東大の二次試験の後に息子は

「受かる気もしないけど、落ちる気もしない。」と言いました。

 

やり切った後の本音だったのだと思います。

最初から「東大受験は1回だけ、浪人はしない。」と決めていました。

 

併願していた慶応大学に合格していましたので、

もし東大が不合格でも受験はこれで終わり

とスッキリした顔に見えました。

 

よく現役生は最後まで伸びると云われますが、

少なくとも息子は本当にそうでした。

 

入試期間の最後の最後に合格ライン上に届いたのでしょう。

6年間続けた部活で培った体力と精神力で乗り切った大学受験でした。

 

息子にとっては部活も受験も目標に向かって努力する

という意味では同じ事だったのかもしれません。

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