発達障害のある息子が会社員になるまでの道のり

発達障害のグレーゾーンの診断

私の人生の中で、間違いなく大きな出来事は、

子育てを経験したことです。

 

ありがたいことに、二人の息子に恵まれました。

そのうちの長男の子育てについて、書きたいと思います。

 

長男は、現在社会人です。

紆余曲折、いろいろありましたが、

現在は、社会人として毎日働いています。

ここまで、来るのに、いろいろなことがありました。

赤ちゃんの時から、非常に手がかかる子でした。

 

ミルクを飲んでは、吐き、

体重の増え方が良くなかったので、心配しました。

 

重い病気を患っている訳ではなかったのですが、

ゲップと一緒に飲んだミルクも一緒に吐き出してしまうという、

少しぶきっちょな子だったようで・・・

 

さらに、非常に敏感で、少しの音でも聞こえると起きてしまう・・・

そのまま、夜泣きがやまない・・・

車の振動で寝てくれるので、夜中に長男を車に乗せて、

走り回ったことも多かったくらいです。

1歳を過ぎて、歩けるようになり、

近所の同じくらいの子供たちと遊ばせる機会を、

よく持ったのですが、とにかく、怖がりで、

私から離れず、友達と仲良く遊ぶことができないのです。

 

何度、連れて行っても、

おとなしい子となら、楽しく遊べるようなのですが、

一旦、おもちゃをとられたり、たたかれたりしてしまうと、

途端に、その子とは遊べなくなってしまうという、

怖がりで、泣き虫で、敏感で・・・

いつも、心配が尽きなかったのを覚えています。

 

今から、思うと、このころの時代は、

男の子のくせに、やられてばかり・・・

とか、男の子のくせに、敏感すぎる・・・

とか、

「男の子はこうあるべき」という概念にとらわれてしまう風潮があり、

私自身も、メンタル的に、こんな長男を見て、

いつもなやんでばかりいましたね。

 

長男が嫌がるのに、強い子になってもらいたいからと、

無理に、気の強い子と遊ばせたり、

長男のことを思ってというより、

自分の理想にとらわれすぎていたのかな。

 

そんな気の弱い長男も、

私や、パパといるときには、とても、安心するのか、

子供らしく、大声を出して走り回ったり、良く笑ってくれました。

 

他の子と比べて、悩んでばかりの私と違って、

パパは、長男と二人で遊ぶことを楽しみ、

長男のやりたいことを一緒に楽しむという、

おおらかな人でした。

電車が好きな長男のために、

よく、二人でいろんな電車に乗りに行ったり・・

パパの存在が、長男にとっては大きかったんだと思います。

 

長男は、気が弱いですが、

とてもやさしい子に成長していきました。

 

家族の時間も大切にし、

長い休みには、毎年、旅行にいったりすることが楽しいらしく、

友人もいましたが、

彼にとっては、家が一番心の休まる場所であったようでした。

 

集中力が人一倍あり、成績もよく、

いわゆる優等生として、小学校、中学校と進みました。

 

中学3年生のころ、次第に変化が・・・

同年代の子たちと、

コミュニケーションがうまく、とれないことに悩みだしたのです。

友人との距離を感じ、次第に、自分に自信をなくし、

何か、自分がおかしいのではないか

と悩みを打ち明けられるようになってきました。

 

その頃は、まだ、発達障害などの知識もなく、

ただ、長男自身の、心の弱さが原因だと、

私も思い込み、私も、主人もいろいろなアドバイスをしました。

 

天然な存在として、同級生からもからかわれたりしていたようですが、

勉強だけは頑張り、

なんとか、同級生たちに一目おかれる存在になろうと、

本人も必死だったようです。

 

コミュニケーションが取れない代わりに、

勉強面で上位にいれば、バカにされない・・と、

常に追い詰められながら、長男は頑張っていたようです。

 

次第に、精神的に疲れ果ててきたのです。

私も、心配になり、精神科に連れて行きました。

検査をしてもらい、

いわゆる発達障害のグレーゾーンであるとわかったのです。

主治医から、自分のできることを、

頑張ればいいとアドバイスをもらいました。

 

私や、主人は、これまでの子育てを振り返り、

特に、私は、周囲の同級生と比べて、

長男ができないことばかりを気にしすぎて、

長男の興味をもつこと、

得意なことに目を向けていなかったことを反省しました。

 

更に、長男が、失敗しないように、

何でも先回りしてしまって、

長男自身が、失敗をする経験をさせていなかったことにも気づきました。

 

ただ、「こうでなければならない」という、

固定概念に縛られすぎた子育てだったように思えます。

 

ただ、救いだったのは、

長男が、家にいる時が一番落ち着く時間だと言ってくれていたことでした。

 

長男にとって、家が、とても居心地が良い場所であったのは、

外で悩みを抱えて辛い時も、

家で、心を休めさせてやることができていたのです。

このやすらぎの空間を作り出せたのは、

子育てのなかで、唯一の誇りです。

 

その後は、長男は、自分自身を受け止め、自分の得意なこと、

やりたいことを考えながら、周囲に流されず、

高校、大学を決め、

現在は、障害者雇用として、システム会社に勤務しています。

自分の生き方を自分で、決めたのです。

いろいろあって、大変な子育てでしたが、

自分自身の価値観を見つめなおすことができた、

貴重な経験でした。

我が息子たち、主人に感謝しています。

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