子どものアレルギーを少しづつ克服した経験談

子供は小学二年生の男の子です。

子育てで一番大変だったことは、

息子のアレルギーを治すための日々の生活と治療です。

息子は生まれてすぐの頃から肌荒れが凄くて、

看護婦さんに相談しました。

 

「ただの乳児湿疹だろう。洗って保湿してれば良くなるよ」

と言われたので、

赤ちゃんはこんなものなのかなぁ。

と思って毎日お風呂に入れて

お風呂上がりはワセリンでしっかり保湿してあげていました。

 

ところが、良くなることはなく

生後1ヶ月くらいの時は頭まで汁だらけになって、

ほかの赤ちゃんと比べてもやっぱりおかしいと思いました。

 

すぐにアレルギー専門の医師のいる総合病院へ行きました。

するとアトピー性皮膚炎だと言われました。

 

その頃はまだ母乳しかあげたことはなく、

月齢が低く採血もできないため、

何が原因物質かわかりませんでした。

「母乳にアレルギーの成分が移行するから、

とりあえずお母さんは卵の入ったものを食べるのやめてください。」

と医師に言われたので、従いました。

 

加工品を買う際は今まで詳しく見たこともなかった

食品の成分をしっかりチェックして

徹底的に除去しました。

 

予防接種も卵の成分を使用したものがあり、

受けることが出来ないものもありました。

 

口からだけでなく、肌からも

アレルギー物質が入ってくると言われたので

掃除も徹底的にしました。

 

掃除機は朝昼晩、かけました。

夏でも半袖はダメで、真夏でも

薄い長袖長ズボンを履かせていました。

 

お風呂も朝晩2回入れるようにしました。

ステロイドの入った薬やワセリンも

朝晩とお風呂上がりにしっかり塗ってあげました。

 

しかし息子の肌の状態はステロイドを塗ると落ち着いたように見えましたが、

やめるとすぐに肌はボロボロで状態はあまりよくならず、

生後8ヶ月を迎えました。

血液検査がやっとできるようになり、検査をしました。

結果の紙を見て大変驚きました。

 

卵、小麦、大豆、じゃがいも、米、牛乳、

ごま、その他3つくらいありました。

この子は何なら食べられるの!?

と不安に思いました。

 

お米が食べられないことがわかったので、

新潟から20食5000円のアレルギー成分を除去したご飯を取り寄せ、

野菜、魚、お肉のみで離乳食を作りました。

母乳もすぐにやめ、

アレルギー成分の入っていないお高い粉ミルクにかえました。

 

それだけではありません。

医師も「私が見た中でも三本の指に入る酷いアトピー性皮膚炎。

このままでは喘息を発症しかねないし、

小学校に入るまでにアレルギーがよくならない可能性が高い。

 

タタミが悪いからタタミのない新しめのアパートに引っ越した方がいい」

と言われましたが、「いくらなんでも無理だろう」と思いながら

ダメ元で夫に相談しました。

 

意外と快く引っ越に同意をしてくれたので、

一ヶ月後には借りていた社宅を出て、

近くの新しいオールフローリングのアパートへ引っ越しました。

息子に与えるおもちゃも

服を入れる箱もプラスチック製品だと

ホルマリンが肌に悪いからと言うことで

息子の物に触れるものはプラスチック製のものを全て処分し、

木製のものへ変更しました。

 

医師の言ったことを全て藁にもすがる思いで実行しました。

1歳になる頃には体の湿疹は相変わらず酷いままでしたが

頭から汁はでなくなりました。

 

以前は汁とカサブタだらけで髪が抜け落ちていましたが、

頭の皮膚が良くなったことで髪が少しずつ生えてきました。

 

一歩前進しました。

そして2歳になる頃には牛乳、大豆、米のアレルギーはなくなりました。

 

大豆の入った調味料も使えるようになり、

ヨーグルトも食べられるようになりました。

 

お米も普通のものも食べられるようになりました。

2歳を過ぎてから負荷試験のため入院しました。

そこではぶつぶつが出たり

吐いたり下痢をしたり等の症状がでるまで卵を

たべさせたりする可哀想なものでしたが

息子と2人で乗り切りました。

 

その甲斐あってか、3歳になる頃には

かまぼこやちくわ等の卵入り製品なら

口にすることができるようになりました。

 

そして4歳の誕生日。

生まれて初めて誕生日ケーキを食べることができました。

今まで誕生日ケーキどころかクッキーやビスケット、

バニラのアイスクリームも食べたことがありませんでした。

 

息子は「美味しい」と大喜びで、

私はもう嬉しくて嬉しくて涙がとまりませんでした。

 

そして現在小学二年生です。

生卵以外は食べられるようになり、

給食も卵入りのものを食べています。

プラレール、トミカが好きでたくさん集めています。

今まではプラスチック製品がだめだったのでそれも進歩です。

 

「小学校に上がるまでにアレルギーは治らないかもしれない。

喘息を発症するかもしれない」と医師に言われ、

頑張り続けてここまで来ました。

医師も大変驚いていました。

親子で何年も努力し、たくさん辛い経験もしてきて、

たくさんお金も使ったけれど、

ほとんどのアレルギーが無くなり、

他の子と同じものが食べられるようになり、

プラスチック製品を手にすることができるようになり、

夏も半袖半ズボンを履けるようになり、

一つ一つのことが本当に嬉しくてたまりません。

 

諦めず頑張り続けてよかったです。

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